こちらのイベントに参加してきました。スポーツ庁と筑波大学が連携して注力しているマルチスポーツの導入による日本のスポーツ改革。子供の頃に一つのスポーツに特化せずに、複数のスポーツを体験しておくことで、怪我のリスクの軽減、パフォーマンスの向上、燃え尽き症候群を防ぐなど多くの効果が実証されています。アメリカ・スペイン・ニュージーランド・オーストラリアの4カ国の有識者が集い、200名近くの関係者が集まっていて盛大なコンベンションとなりました。個人的にはアカデミックの領域で研究を進めてみたいという思いもあり、この時間で自分の中の興味領域がクリアになったと思います。
解放させる力
冒頭にスポーツ庁長官の室伏さんのお話があり、印象に残っていることがあります。スポーツ解放宣言という言葉に始まり、何度か“解放”という言葉を使われていました。スポーツマネジメントを学んでいた大学院時代からスポーツで興味があるのは「スポーツ×ビジネス」ではなく、「スポーツ×人格陶冶」だと感じていました。また対象としては小学生から大学生頃までの成長プロセスよりも、成人の成熟プロセスの方が興味が強くなっていることにも気付かされました。
室伏さんはスポーツには野生感や自由さが含まれていて、トップアスリートとして高みを目指す中で人間らしく、動物らしくなっていくプロセスに喜びを感じているように見受けられました。また文化とスポーツは切り分けられないとおっしゃっていて、芸術などの勝敗がつかないものとスポーツの共通項に「美しさ」という言葉を使っていました。解釈が入るのですがスポーツ・バイオメカニクスの学問領域において造詣が深いので、動きの美しさとパフォーマンスの高さには相関があると考えているのだと思います。つまり正しく体を動かすことでパフォーマンスが高まり、その動作は美しいということです。
トップアスリートでなくても、常識や固定観念から解放された時に大きな喜びを覚えます。私は自由さとは目的からの脱却だと捉えています。ドイツの哲学者のハンナ・アレントは“目的とはまさに手段を正当化するもののことであり、それが目的の定義に他ならない”と目的という概念を説明しています。
スポーツは遊び・気晴らしという意味を持つデポルターレというラテン語を語源としています。遊びには目的がないです。“解放する力”の要素には好意そのものを好きであること重要であると考えています。それをスポーツを通じて多くの人が体験するためにはどうすればよいのか?この辺りをもっと知りたいです。
Balance is Better
ニュージーランドのスポーツ環境の改善を推進するプロジェクトのテーマがBalance is Better.何をもってバランスが取れているのか?という問いが立ちました。為末さんは自著の熟達論で5つのステップを用いて熟達のプロ説を説明しています(遊→型→観→心→空)。それぞれの説明は割愛しますが、後半のプロセスに「心」という言葉があります。これは中心という意味で「自身の考えの背骨というか、骨盤というか、とにかく真ん中にあるもの」といった概念だそうです。例えばトップアスリートの本番はリラックスした状態で、不要なところに力が入っていない半面、動作を行うために必要な部位がactiveな状態になっている。
私にとってのバランスのイメージに重なります。力んでないけど必要なところに意識やリソースが行き届いている状態です。少し大きな話になりますが、人生において大切なものが「人間関係である!」と実体験に基づいて定めている人は、日々の中で注力することとそうでないことの優先順位が整理され、無理のないバランスの取れた時間を過ごしやすくなります。逆にあれもこれも大事にして軸がない人は、どっちつかずになってしまいます。この年になって断言できますが人生はトレードオフです。そして引き算の世界観がウェルビーイングを高めます。いろいろなものを手放して大切にしている最低限の中で生活することができれば、バランスも自ずと取れくるのではないかと思います。
では、その中心はどのように築かれるのかというのは様々な経験だと思います。経験を通じて養っていくべきものは美意識だと仮説を立てています。私にとって何が美しいと思うか?という感覚です。結局のところバランスを取れているというのは個人の感覚に紐づくものではないかと考えています。
むしろ個人でこの感覚を持てないと何かの基準によってバランスをとらないといけないということです。例えばスポーツの文脈では今も昔も「文武両道」という言葉があります。それが理想の姿であるという文脈で使用されていると思います。高校生であれば勉強と部活を頑張って、良い大学に進学すれば多くの人から高く評価されると思います。それ自体が悪いといっているのではないのですが、それが自身のど真ん中の美意識と紐づいた行為と結果だということがポイントになります。設定されたモノサシで計れるほど一人ひとりの人生はコモディティ化していません。マルチスポーツで複数のスポーツを体験する中で「これが好き」という感覚をどのように養っていけるかに興味があります。それが多くの決断をする時に理性と掛け合わせっていくのだと思います。
スポーツ × 神経美学
研究を進めてみたい領域がボンヤリとあります。上記描いた「目的から脱却」や「美意識」とスポーツを掛け合わせた時に、神経美学という領域を交えて知見をためていけないかと考えています。神経美学とは脳の働きと美学的経験(美醜、感動、崇高など)との関係や、脳の機能と芸術的活動(作品の知覚・認知、芸術的創造性、美術批評など)との関係を研究する新しい学問のようで、関西大学の石津教授の本を読んで純粋に面白いと思っていました。来年40歳になって、切実に思うのは「好き」とか「美しい(かっこいい)」という子供のような理由で意思決定をできる大人になりたいです。老後を含む不安定な未来に向けて着々と備えていくことも大切なのですが、もっと大事な今があると思った1日となりました。博士課程についてはちゃんと進学する、しないを決めていこうと思います。
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